WORKS
novel
めでたしの続き
「むかしむかし、あるところに白雪姫という、とても美しいお姫様が居ました」
リンカはソファに座り、綴が語ってくれる物語に耳を傾けていた。床に届かない足をパタパタと揺らす。
「――王子様は白雪姫に口づけました。すると、なんということでしょう。白雪姫は目を覚ましたのです!」
「『口づける』ってなあに?」
「それはキスのことさ、リトルプリンセス」
わからないことを何度質問しても、綴は嫌そうな表情をひとつ見せることなく、優しく教えてくれる。リンカは綴との勉強の時間が好きだった。雷電に教えてもらえることと、綴に教えてもらえることは全然違う。けれども、どちらも大切なんだろうと考えながら、リンカはもう一度耳を澄ませた。
「こうして、白雪姫は王子様と幸せに暮らすのでした。めでたしめでたし」
小さな手でリンカは拍手した。めでたし、で終わる物語は幸福な終わり方なのだと綴から教わったからだ。リンカは白雪姫のことを思う。物語を聞いた感想を伝えるまでが綴との学習だった。
「白雪姫は、王子様と『口づける』ことで、目をさまして、王子様とけっこんして、幸せにくらしたんだよね」
「そうなるね」
「綴が読んでくれるおはなしは、どれもお姫様と王子様がさいごにけっこんして、幸せになるよね」
「それで、リトルプリンセスはどう思ったんだい? なぜそれが気になったのかな?」
リンカは頭を悩ませた。どう思ったのか。なぜか。綴は勉強の時間に限らず、いつもこの質問をしてくる。
「んーと、お姫様って王子様がいることで幸せになるのかなって。だとしたら、お姫様は王子様と出会わないと、幸せになれないの?」
「難しい質問だね。王子様と出会わずとも、お姫様が幸せをつかみに行く物語はないわけではないよ。ただリトルプリンセスの言う通り、お姫様が王子様と幸せになる物語の方がはるかに多いね」
綴は絵本を閉じた。リンカはまたパタパタと足を揺らす。
「では次は王子様が出てこないお姫様の物語を読むとしよう。それを聞いたうえで、もう一度考えてみようか」
「うーん、うん。わかった」
未だ悩まし気なリンカを見ながら、綴はソファから立ち上がり、その場をあとにした。ルークのもとに行ったのだろうか。リンカもソファからぴょんと飛び降りると、ルークがよくいる部屋へと駆けて行った。
ルークはいつもの場所にいた。彼は部屋の中心に置かれたソファに座って、虚空を眺めていた。綴はルークに何か話しかけているようだったが、何も反応を見せない彼に眉を下げて微笑むと、やれやれと言った様子で部屋から出ていった。リンカは綴が部屋から出ていったのを確認してから、ルークの方へと近づいていった。ソファをよじ登り、ルークの隣に座る。彼はやはり何の反応も返すことなく、ただ呼吸をしていた。
「あのね、今日は『白雪姫』ってお話を読んでもらったの」
ぽつぽつとリンカはルークに話しかけた。ルークに何かを求めているわけではないが、リンカは毎日こうして話しかけていた。それはルークがリンカにとって、初めてのおともだちであり、好きな人だったからだ。
「それで、お姫様は王子様に会わないと幸せになれないのかなって思ったの。ルークさんはどう思う?」
無言。リンカはルークの後頭部に流れる、白と黒の髪を見やる。ルークの髪ではなく、これは彼の大切だった人の髪なんだと、雷電から聞いた。
「ルークさんにとって、カルテさんが王子様だったの?」
彼の目がリンカの方を向いた。そしてまたすぐに視線が虚ろへ戻される。
あの髪の持ち主であったカルテという人間のことを、リンカは知らない。ただ、父とルークのおともだちであり、この世にはもういないのだと教えてもらった。ルークにとってカルテはとても大切な人だったのだろう。リンカが深夜に起きた時、隣のベッドに横たわるルークは、あの髪をなでながら何度もカルテの名を呟いていた。
「わたしがお姫様になったら、ルークさんはわたしの王子様になってくれる?」
やはりルークからの返答は無言だった。リンカは頬を膨らませてソファから降りる。そのまま服の裾を翻しながら、ルークの前でくるりと回った。
「じゃあ、こんどはわたしがルークさんの王子様になってあげる!」
リンカはわたわたと絵本に出てきた王子様のように、片膝立ちになりルークに手を伸ばした。
お姫様は王子様に出会わないと幸せになれないのだろうか。きっとそんなことはないはずだ。だってお姫様ではないリンカは、ルークという初めてのおともだちに出会って幸せになったのだから。
きっとお姫様だって、大切で、大好きなものを見つけたなら、王子様に出会わずとも――ちゃんと、幸せになれる。
ルークはしばらくリンカの様子を見ていたが、微かに口角を上げた。それは久々に見た彼の感情で、リンカはいつまでもその笑みを忘れることはなかった。