愛しのアイオライト

 竜胆は、掌の中でひんやりと冷たい石をしばし眺めたあと、そっと布の上に置いた。手袋の指先をつまんで脱ぐと、静かに丸めてごみ箱に捨てる。
「なあ田上。イヤリングと腕輪と、どっちが似合うと思う?」
 何気ない調子だったが、その声には微かに高揚が混じっていた。田上は書類から顔を上げ、竜胆の指先に置かれた石を見た。蒼く、そして淡く光を返すその石は、まるで誰かの視線のように冷たく、けれど心を引く。
「……今回は、どうやって手に入れたんですか?」
「花札」
 愉快だとばかりに告げられたその一言に、田上は苦笑するしかなかった。しばらく黙って石と竜胆の顔を交互に見比べる。
「お? そっちか」
 竜胆は嬉しげに頬を緩める。
「イヤリングもお似合いだとは思いますが」
「でも今回は腕輪にするか。とすると、他の石も組み合わせる必要があるな」
 竜胆は目を細め、机の上に視線を戻した。書類の山を切り崩すように、ひとつひとつに手早く目を通しながら、静かに判を押していく。
「ところで話は変わるんだが、啓二のとこの宝石加工屋を呼ぶとしたら、いつが一番早い?」
「話、変わってないですね」
 田上は皮肉めいた口調で言いながら、新たな書類をすかさず差し出した。


 月は雲の切れ間から顔を覗かせていた。銀の光が屋敷の屋根を淡く照らす。
 湯浴みを終えた竜胆は、少し濡れた髪を肩に流したまま、自室の畳に静かに座っていた。月見障子の向こうからは、虫の声がかすかに届いてくる。
 文机の上には、小さな白いベルベットのケースがひとつ。竜胆はそれを手に取り、両手でそっと蓋を開いた。
 中には、ひとつの指輪が納まっていた。
 柔らかな絹に守られたその指輪は、灯りを受けてかすかにきらめく。中心に据えられた石は、青とも菫とも透明ともつかない、不思議な色をしていた。
 それは昼間、田上に見せていた石と同じものだった。
 竜胆はその指輪を丁寧に取り出し、しばし手のひらで転がすように眺めた後、自らの右手の薬指にゆっくりとはめた。骨ばった指をまっすぐに伸ばし、灯りの下に掲げてみる。
 石はまるで生きているかのように光を吸い込み、深く澄んだ輝きを返してきた。
「はは……、似合わねえなあ!」
 ぽつりと零れた声は、笑っているようで、どこか空ろだった。
 アイオライト。
 それが、この石の名前だ。
 青く揺れるその光は、竜胆が恋情を抱く相手、一郷の右目そのものだった。
 一郷から贈られたわけではない。ましてや気持ちを込められたわけでもない。これは、ただの賭けの報酬として、竜胆が勝ち取った石だ。
 普段は眼帯の下に隠している彼の一部を削り、こうして身に着ける。
 その行為に、ただ自分だけが特別な気持ちになって、何かを掴んだ気になる。一時の興奮と、終わったあとの虚しさ。自分の欲だけが、熱を帯びている。
 竜胆は、右手をそっと落とした。
 一郷にとって、この石はただの対価だったのかもしれない。
 それでも。
 石を削り出すとき、一郷は何を考えていたのだろうか。少しでも自分のことを考えてくれていただろうか。
 竜胆は、ひとつ静かに息を吐くと、指輪をゆっくりと抜き取った。ケースの中へと戻し、蓋を閉める。
「次は腕輪か」
 今回の石を他とどう組み合わせようか。配置はどうするか。形は、素材は。それを考える時間が、今の竜胆にとって、もっとも豊かな時間だった。
 完成した腕輪は、誰にも見せることなく、この部屋の奥に仕舞い込むだろう。そして時折、今日のように一人で取り出して、静かに愛でるのだ。
 障子に手をかけて、少しだけ開いた。夜の空気が冷たく流れ込む。月の光が障子の隙間から柔らかくこぼれ、竜胆の顔と、薬指を淡く照らしていた。

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