WORKS
novel
祈りの光景
自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。愛しい妻の声だ。
アテュルスは新緑の中で遊ぶマクリアに目を向ける。彼女は冴えるような青色のスカートをひらひらと翻しながら、舞い踊っていた。
「見て、あなた。まるで空と海の色よ」
スカートの生地は、先日アテュルスが彼女にあげたものだった。マクリアの手によって巻きスカートに仕立てられ、今日初めてスカートは彼女の腰に巻かれた。空と海の色と言われても、アテュルスに服の良しあしはわからなかった。彼女が言うからにはそうなのだろう、と彼は思った。
「綺麗だ」
「ありがとう!」
ただ、彼女の笑顔が一等嬉しそうだったから、アテュルスもまた嬉しくなった。
マクリアは踊る。ゆらゆらと手が揺れ、足が軽やかにステップを踏む。その動きに合わせて、彼女の結われた髪が様々な色を反射する。アテュルスは彼女の踊りに合わせて手を叩いた。マクリアは黄色の瞳を彼に向けて、その目を細めた。
その一瞬の視線の応酬を機に、彼女の動きが激しくなった。スカートや髪が舞い上がり、マクリアの胸で結ばれた鮮やかな黄緑色のリボンが揺れ動く。それはアテュルスが初めてマクリアと出会った時に彼女が躍っていた舞だった。周囲の鳥の鳴き声が耳に入らないくらい、アテュルスはマクリアの踊りに魅せられる。
彼女の舞は、神と生まれ育ったこの島への感謝の奉納だ。
踊り子なんて働かざる者の言い訳だ、とアテュルスはかつて考えていた。だが、マクリアの舞がその考えを変えた。司祭の一族として島のすべてを知り、すべてに絶望していたときだった。彼女は踊り子として自分の前に現れ、その美しい舞を踊って見せた。久しく感じていなかった、捨てたはず渇望と希望が胸を高鳴らせる。
マクリアと出会って、アテュルスは確かに救われたのだ。
「あなた!」
舞終えたマクリアが手を振る。アテュルスは彼女に近寄った。彼女の手を取り、抱きしめる。
アテュルスには、空や海より、彼女のスカートより、マクリア自身の輝きが何よりも美しかった。
彼女だけが、アテュルスに色彩を与えてくれた。
「あはは、どうしたのよ。もう」
マクリアは彼の頬にキスをし、同じように抱きしめ返した。
「ねえ、あなた。今日の夕飯はどうする?」
「きみの好きなものでいい」
「あ、昨日と同じこと言ってる」
マクリアはくすくすと笑い、帰路を歩き始めた。そのすぐ後ろをアテュルスは歩く。
陽が海に沈み始めている。明るいうちに帰ろう、とアテュルスはマクリアに微笑んだ。
――アテュルスの視界は白と黒で構成されている。
彼は生まれた時から、色を知らずに生きてきた。本当は空や海の色も、彼女のスカートの色も、何もかも。
しかし、マクリアだけは、マクリアのその美しい髪に反射する色だけは、認識することができた。
だからこそ、アテュルスは救われたのだ。
「綺麗だ」
彼女の幸福と色彩が奪われませんように。それだけが、アテュルスが彼女にできるたったひとつの冴えない祈りだった。